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タンバリン通信 3/28号 新型コロナと3月議会

今年の3月議会は新型コロナ騒動でイレギュラーに次ぐイレギュラーでした。会派の代表質問は市長の施政方針に対して行うもので、こちらもそのつもりで再質問の内容を組み立てていたのですが、急遽コロナ対策に関する質問に変えました。
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左手のケガはおおむね治り、自転車も乗れるようになりました。街頭でタンバリン通信を配りたいのですが、パンデミックの可能性がある今の状態ではそれも難しいですね。
行政は、感染症だけでなく経済的な危機からも市民生活を守らなくてはなりません。

女川原発の再稼動に反対!

昨日の本議会ではもう一つ、「女川原発再稼動に反対する陳情」に対する賛成討論を行いました。再稼動に(ていうか原発そのものに)反対する理由をまともに挙げるとかなり長くなるので、要約するのになかなか苦労しました。

陳情は自公の反対をはねのけて採択できましたが、多摩市議会では全会一致でないと意見書提出にこぎつけません。その点は悔しいですけれど、諦めずに声を上げ続けようと思います。

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元陳情第20号「女川原発2号機を再稼動しないよう意見書の提出を求める陳情」について、ネット・社民の会を代表して意見を申し述べます。

原発問題に関しては、最初に確認しておきたいことがあります。それは、放射能汚染をもたらす過酷事故が起きた場合の被害は、当然の結果として原発立地のみにとどまらないという事実です。ひとたび原発に何事か起きれば長期の深刻な環境問題を引き起こすことは、福島の事故から9年経った今も収束どころか、相変わらず核燃料のありかすらわからず汚染水を止めることもできない、という現状だけでも明らかです。エネルギー、経済、環境などさまざまな面から、原発の取り扱いは常に日本全体の課題として考える必要があります。

東北電力女川原発2号機には先月、原子力規制委員会から新規制基準を満たしているとする「審査書」が出されました。事実上の「審査合格」ですが、地元では再稼動反対の声が根強く上がっています。それも全く無理のないことで、女川原発は事故を起こした東京電力福島第1原発1~3号機と同じ「沸騰水型」であり、専門家からもシステムとして安全性の問題が指摘されているうえ、震災時に被災しており施設が大きなダメージを受けているからです。原発施設、特に原子炉を含む建屋のコア部分は被爆の危険性が高いため、簡単に修理や交換が行えるものではなく、被災原発のダメージ測定など科学的な判定を行うだけのデータの蓄積も存在しません。更に避難計画も実効性の乏しさが指摘されていますが、規制委員会はそもそも避難計画を審査対象としないという無責任な態度を貫いています。

 原発は正常な状態においてさえ、放射性物質の排出や周辺の海温上昇など環境に負荷をかけ、しかも処理方法が確立していない核ゴミを大量に生み出す「トイレのないマンション」です。日本のような地震大国に54基も造ったというだけで非常識極まりないうえ、女川原発は東日本大震災後もたびたび地震に見舞われ、2号機の原子炉建屋には多数のひび割れが見つかったと報告されています。このような状況で再稼動反対の声が絶えないのは当然のことですし、最初に申し上げた通り放射能事故は人間側の都合や計算を超えた広範囲の被害をもたらします。いまだ原子力非常事態宣言を解除することもできない日本が、被災原発の再稼動を進めるなど言語道断と言わなくてはなりません。
 地域経済に配慮して再稼動を歓迎する声もありますが、それは巨額の交付金をもって人口密集地に立てられない迷惑施設を地方に押し付けた結果です。本当の地域振興を思うならば、その政策は別途地域本位で考えるべきで、原発受け入れのバーターとして扱うものではありません。

 原発の非合理性や発電システムとしての欠陥、世界的には既に原発政策の後退が主流であることなどは、この際詳述を避けますが、最後に一点指摘おきたいのは、しばしば言及される日本の「世界で最も厳しい水準の安全規制」なるものは、客観的な裏付けのない自己満足的言い訳に過ぎないということです。国際水準を持ち出すならば、少なくとも全ての原発にフィルター付きベントやコアキャッチャーなどの装備がなければ説得力はありません。政府と規制委員会のリスク・マネジメントに極度の楽観性が認められることは、日本科学者会議でも問題視されていることを申し添えておきます。

 以上をもってネット・社民の会として、本陳情を採択すべきとの立場での意見討論といたします。

来年度 国民保険料がまた上がります(怒)

健康福祉委員会で審議した議案、国保料の値上げにかかわる条例案について、昨日本議会で意見討論しました。私たちの立場は「現在の保険制度と政府の方針には反対・市の予算案には賛成」ですが、これについては若干の説明が必要だと思います。

社会保障としての国民保険は設計上からも、そして現実面もほぼ破綻していて、国民皆保険制度を保てる構造になっていません。どこがどうダメなのかは討論の中で説明していますが、とにかく今の政府は「保険料をどんどん上げろ。そしてその収入だけで制度が成り立つようにしろ」というスタンスなので、そんなことを認めたら保険料はとんでもない額になります。

ではなぜ市の値上げ案には賛成するのかというと、国都から「なくせ」と言われる一般財源の繰り入れをあえて行って、何とか大幅値上げを抑えているからです。「値上げゼロ」と要求するのは簡単ですが、都道府県化された今の制度の中では、国の望む「財政健全化」=加入者の自己責任化に向けて努力していないと、ペナルティとして自治体の負担を増やされてしまう仕組みなのです。

さすがにムチャクチャな状態なので、全国市長会でも市の運営協議会でも制度自体の見直しを国に求めていますが、当面なんとか住民負担を重くしないために綱引きした結果、多摩市は比較的保険料を低く抑えています。無茶な取り立てもしないし、支払いが苦しい住民に対しては極力事情を汲んでの対応をしています。

そうした努力を認めつつ、国に対して更に改善の働きかけをするよう要望するのが、自治体議員としてなすべきことと判断しました。歯がゆい気持ちはありますが、市民の皆さんにも今の社会保障の惨状を知っていただき、ともに解決に向けて頑張っていきたいと思っています。

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第27号議案「多摩市国民健康保険税条例の一部を改正する条例の制定について」ネット・社民の会を代表して可決の立場で意見を申し述べます。

私たちの会派は基本的に、今の社会状況での国保料値上げには反対しています。大きな理由は以下の4点です。

① 現在、国保の被保険者は年金生活者や非正規労働者など、無職・低所得もしくは収入・雇用環境が不安定な人が多いにもかかわらず、社会保険に比べて保険料負担が高額であること。更にその事実を政府も認めていながら、根本的な解決策を出さず今日に至ること。
② 社会の少子高齢化と逆行するかたちで、国庫負担の割合を減らし続けてきたこと。
③ セーフティネットの制度設計は物価や賃金の変動、すべての社会保障、年金やさまざまな要配慮者への補助制度と併せてトータルで考えなくては成り立たないが、これまで事実上そうした視点が欠けていたと思われること。
④ 国は社会保障の財源に充てると称して消費増税を繰り返しながら、それと平行して同額程度の法人税を引き下げ、結果的に財源の確保を怠っていること。

現実には国保の加入者は減少傾向にあり、高齢化にともない後期高齢者医療制度への移行が進んでいることと、非正規雇用であっても社会保険適用となるケースが増えていることが原因と思われます。しかし、国民皆保険の基礎を支える国保の制度が、介護の社会化をめざしたはずの介護保険制度と同様、大きな矛盾を抱えセーフティネットとして十全に機能していないという欠陥は放置されたままです。

こうした現状を無視した国策の辻褄合わせとして、加入者が過大な負担を負うことのないよう、地方自治体が法定外繰り入れを行って何とか制度を支えてきたというのが実情です。その問題には目をつぶり一方的に「一般財源を投入するな、加入者本人に負担させろ」とする国の方針は間違っているということを、何度でも繰り返し主張しなくてはなりません。
この間違った政策の流れの中に国保の都道府県化があり、地域住民と向き合って適切な保障を考えてきた基礎自治体の権能と責務は、既に半分取り上げられてしまいました。法定外繰り入れ停止を組み込んだ「財政健全化」は、事実上加入者それぞれの「自己責任」の肥大化に他ならず、もはや社会保障の根本概念が崩壊しかけていると言わざるを得ません。繰り返し説かれる「税負担の公平性」とは、いったい何を意味するのでしょうか。低所得でも、無職であっても充分な医療を受けられるべきとする国民皆保険の理念に照らせば、「適切な医療ケアが欲しければ相応の負担をせよ」と加入者個人に迫ることは公共のとる道ではありません。

日本が今も経済大国であるというなら、社会保障の財源不足はまさしく政治の不備に他ならず、加入者の負担を増やすという安易な手段で問題解決をはかってはならないと再度指摘いたします。

その上で、財政健全化を果たさなければ実質ペナルティが課せられるという今の制度の中、多摩市が懸命な努力で保険料の大幅値上げを抑制していることを評価したいと思います。国の意向に従うだけならそれは単なる出先機関に過ぎず、地方自治体の存在意義はありません。今後も地域住民から目を離さず、常に住民の立場に立った行政を貫き、国策の改善を求めていくことを重ねて要望いたします。

以上をもってネット・社民の会の意見討論といたします。

新型コロナと3月議会

昨日、急遽コロナ対策のため議会運営委員会が開かれました。

主な議題のひとつは、来週から始まる予算審査について。コロナ対策で多忙な行政側に配慮し、質問は事前通告制にするというもの。もともと多摩市議会では款別質疑を徹底させており、款だけでなくその項の中で質疑を済ませる(=所管が常に議場に張りつかずに済む)やり方を取っていました。今回は更に、どの費目・どの事業について聞くかというところまで事前に示し、必要な時だけ議場にいればよいという形にしたのです。

これについては当会派も異論がなかったのですが、もう一件についてはかなり粘って主張しました。
日程を会期最後にずらし3日間に切りつめた一般質問を、最終日(31日)を削って2日間にしたいという市側の要望があり、議会としてどう対応するかという話でした。
既に数名が質問を取り下げ(19名→14名)、予算の中で聞くなり6月議会に回すなりという工夫をしていたところでしたが、年度末の最後の1日を議会対応に割くのはやはり難しい、という説明です。
しかしそれは最初に日程変更した時から判っていたことであり、「なぜ今更?」というのが正直な感想です。その点を確認しましたが、「やはり厳しい」という以上の答えはありませんでした。

時間のない中そこに拘っても仕方がないので、私は一応了承した上で年度をまたいだ会期延長を提案しました。当初は「改めて臨時議会を開けばよい」と思っていましたが、臨時議会では一般質問を行うことはできないとする規則があるそうなので、諦めて次善の策を出したのです。
一番の理由は、議員の持つ質問権を重要視したためです。何故なら、行政に対して調査を行い質問する権利は議員個人のものでなく、私たちを選び議席を与えた市民のものだからです。
もちろん緊急の度合いによっては、一般質問自体の取りやめも当然考えられます。しかし今回のコロナ禍はまだそこまでの事態に至っておらず、日程変更以上の譲歩が必要な状況にないというのが私たち会派の判断でした。

が、これについては以下のような反対意見がありました。
①退職や異動で新年度からは新しい理事者が答弁に立つことになる。あまりに時間がなく満足な答弁ができない。
②2日間の質問ならば、自分含め更に質問を辞退する用意がある。
③持ち時間30分をまるまる使う必要はないので、第一答弁をもらって終わりにするなど各自が自己判断すればよい(2日間でやり切る)。

私は、①だったら年度内にしっかりヒアリングをしておおむね質疑内容を固めておけばいいし、②はぜんぜん趣旨の違うことだと発言しましたが、最終的に以下のような方針で合意しました。

・一般質問は27日と30日の2日間
・2名更に辞退するので、12名で2日間に割り振る
・持ち時間30分をどこまで使うかは各自の判断(あらかじめ減らすことはしない)

討論していて職員に残業させない配慮とか、今しなきゃいけない質問なのかとか、会期延長は恥ずかしいとか、いろんな意見を聞けたのがなかなか面白かったです(笑)

私たちの会派ももちろん、職員に過重労働を強いるのは本意ではありませんが、最も大切と考えているのは市民の権利。伊達や酔狂で質問を考えているわけではありません。ということで、私はもう代表質問を終えていますけれども、一般質問に臨む当会派2名には思う存分質疑を繰り広げていただきたいと思っています。

【新型肺炎】一市民として、一議員として言いたいこと

以下は、昨日議場で発言しようと準備していたメモ書きです。時間がなく省いた部分もありますので、改めて掲載しておきます。
はっきり言って、日本の感染症対策は先進国のそれとは到底言いがたいものです。この現実を変えるには、私たち一人ひとりが当事者として強い自覚と責任感を持つしかありません。
あくまで自分用のメモ書きですが、一人でも多くの人と問題意識を共有できればと思います。

↓↓↓

 対策基本方針にしても突然の休校要請にしても、政府は自治体に具体策を丸投げしていて無責任と感じる。多摩市長は他の首長と協調をはかりつつ、毅然として国に意見を上げてほしい。

①学校保健安全法第20条に「学校の設置者は、感染症の予防上必要があるときは、臨時に、学校の全部または一部の休業を行うことができる」とあるが、「設置者」たる各自治体の教育委員会に対して、内閣総理大臣からの突然の休校要請は強烈なインパクト(強制力)を持った。これは地方自治の権利に対する頭ごなしの介入であり、同時に「要請」という形で実質の責任を自治体に負わせる不誠実なやり方であった。
しかしこの突然の要請には、科学的・客観的なエビデンスも順序立てた環境整備も存在しない。まず、新型肺炎の患者数は都道府県で非常に偏りがある。全国一律の休校が本当にふさわしい方法とは思えず、現に和歌山県ほか休校に踏み切らなかった自治体がある。
(多摩市について言えば、都内で死亡者が出ていること・近隣市で発症が確認されていることから、休校の判断そのものは間違っていないと思う)
首相の要請には、突然の判断に至った理由とその裏付けとなるエビデンス、リスクの洗い出しと具体的対策、獲得目標(いつ・どんな条件下で休校が解除されるのか)、保護者の休職など休校による損失やダメージへの経済的補償などが決定的に欠けている。これは全般的な集会やイベント、外出の自粛についても同様で、最近になって休業補償への言及が出てきたが、そうした政府としての(予算措置を伴う)国民支援の施策を早く具体的に進めてほしい。

②子どもの安全に配慮する一方、満員電車で通勤せざるを得ない多くの労働者に対しては無策。また、死亡例の多い高齢者対策も見るべきものがない。特に、休めば収入が途絶えたり失職の可能性もある非正規労働者に対しては、休業補償以外にもしっかりした対策が必要(テレワーク差別など)。

③政府は「パニックによる根拠なき受診が増えて医療崩壊を起こす」ことを恐れて軽症患者への検査に消極的と見受けられるが、軽症のうちに検査・治療するのが感染予防の大原則ではないのか。ことに無症状での感染が認められている感染症対策として、現在の日本のやり方はあまりに不充分ではないか。充分な予算をかけて予防対策を徹底するべき。

④パニックは情報が少ないことで起こる。また、罹患しても検査が受けられるかどうかわからないという不安な状態に国民を放置することは間違っている。検査を進めなければ本当の罹患率はわからず、医学的データとして使えない。そのため情報が不足するという悪循環に陥るので、まず責任をもって検査体制を完備してほしい。

⑤日本の医療における感染症対策の不備は政策として進められた結果である。
保健所 850(1990年)→470(現在)55%削減
感染病床1万(1996年)→2000弱(現在)
公立病院も統廃合・病床削減の方向で動いている。国立感染症研究所の予算と人員も1/3減らされてきた。
平常時は無駄に見えたとしても、「余裕」がなければパンデミックには立ち向かえない。国の防疫政策を根本から考え直してほしい。

最後に、市長は子ども、高齢者、障がい者、低所得者、非正規労働者など「弱い立場」の市民のことを常に考えて動いてほしい。
プロフィール

いぢち恭子

Author:いぢち恭子
2019年 市議2期目スタート
2015年 多摩市議会議員初当選

2013年 東京都知事選
宇都宮けんじ候補の選対にボランティアとして参加。

1981年 和光大学人文学部芸術学科入学。

1983年 同大中退。
舞踏家としてスタート。

1978年 都立永山高校入学 1976年 落合団地に引っ越す。

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